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2000年の近況選

―2000 12/26、柔らかい近況

身体的にも、心魂的にも、精神的も、経済的にも、仕事的にも、
実に盛り沢山な1年でした。
21世紀になるというのに、あまり時間が区切れるような、何かが暮れていくような実感がありません。
いい時代が来ますように。

―2000 11/29、柔らかい近況

告白すると--というと大袈裟だが--私は、2000年11月現在、CD-Rの音が大っ嫌いである。低音の位相が変な感じになって、物凄い高域でキシキシとずっと歪んでいるのは、特にヘッドホンで聴いたりすると全く堪え難い。場合によってはMDより嫌いかもしれない。
恥ずかしながら最近まで知らなかったのだが、AIFFやWAVなどの“音ファイルは”、エラー時に備えて復元用のデータも入っているそうで、『同じ周波数、同じビット、同じ時間』のデータでもCDの音データよりちょっとだけ大きいんだそうだ。
問題は今後の機材の性能の向上でどこまでCD-Rの音が良くなるか--つまりエラーが減るか--だが、この件に関してちょっと気になる事がある。
廉価CDや、小さい会社が出してるCDに、CD-Rに良く似た音質のものがあるのだ。(実際にCD-R並にまで悪いものは稀だが。)
時折、知人のミュージシャンと「なんであのCDはああいう音になっちゃったのか」とか話すのだが、出てくる仮説は、

1:世界には粗悪な激安プレス工場があって、デジタルだから音なんか悪くならないだろうっていう間違った認識か、予算の関係でそういうところにプレスを頼んじゃう。
2:(海外の大手が出してるCDを、日本では国内盤を小さい会社が出してて、その国内盤の音が悪い場合)もしかしたらデジタルデータを貰った際に、ちっちゃい事務所で「デジタルなんだから音は悪くならないだろう」という間違った認識、ないし知識不足で、そのデータを工場に渡す前に妙なコピーの仕方して、エラーだらけにしちゃってる。

などだ。
つまり、デジタル過信と、認識不足と、みんなあんまり気にしないという問題。
こんな状況でも、何年かしたらCD-RもCD並の音質になるのかなぁ…‥

―2000 11/14、柔らかい近況

思考は、激流の中の島である。
しかし、水位が上がれば、島は無くなる。
思考を水位の上昇に耐えられるように高く、強固に建築する作業が、
どの程度有効なのか、よく判らない。
電車の中から増水した河川を見て、ふと「美しい」と思う。
川底の岩が、微かに見える。
未来の断片。
コミュニケーション主体の精神社会になれば、
芸術が多少衰退するのは自明の事だ。
コミュニケーション体験を孤独の中で反芻し、深めていく作業をする暇だって無くなるのだから。
問題は増水した状態で、なおかつコミュニケーションに追われている状態では、人間は何一つ成し遂げられない、という事。
かといって、緊張した孤独の中で行われる作業は、もはや身体にまで損傷を及ぼす、という事実。
可能性としての、課題としての、自由
答えはかなり近いところにあるのかもしれない。
動的であるという事。
そしてそれを深いところで徹底的に定着させるという、静的な作業。
通路。水門。開け閉めするのが、ただ自我のみであるのなら。

―2000 11/7、柔らかい近況

取り戻せない時間の中に、
暗闇で出来た黒い石を置いてきてしまった。
取りに戻る事はできない。

―2000 10/31、硬い近況

先日までここに於いて、舟沢の楽曲のうち、CD化する当ての無いものにつきまして、
「1:MP3化してホームページで発表した方がいい」か、
「2:どうせMP3化なんかしたってCDの宣伝にはならないし、無断使用されて嫌な思いするだけだから止めた方が良い」かを、
アンケート形式でお尋ね致しましたところ、少し驚いたのですが、「」の方が皆様にとって有利なのは明らかなのにも関わらず、「1」と「2」がほぼ半々という結果をいただきました
この結果をどのように捕らえたらよいのか、少々とまどっているのが正直なところですが、取りあえず、未CD化曲のMP3化につきましては、もうしばらく考えさせていただく事と致しました。
アンケートにご協力の皆様、誠にありがとうございました。又、MP3を希望して下さった皆様、誠に申し訳ございません。

―2000 10/3、柔らかい近況

これほど忙しく、
これほど多くの困難を抱えていても、
風は涼しく、
太陽は暖かい。
秋。

―2000 9/26、柔らかい近況

孤独感と、寂しさ
この2つは、同じ様態から発する別種の感情なのかもしれない。
寂しさに堪えながら、孤独を貪り、
孤独に安逸を見いだしながら、寂しさに苦しんでいる。

―2000 9/12、柔らかい近況

このまま“静かなる精神錯乱”は終息してくれるかも…と思っていたが、どうやら“安定期”に入ったらしい。
自我の変容。
と同時に、魂の萎縮、疲弊。
と同時に、ハイテンションで、おしゃべりになった。自分でも奇妙なことだ、と思う。いわゆる「躁鬱」ってやつだろうか。
…と思った直後、親しい友人から電話がある。こちらの状況を思い切って話してみたら、こうなった“原因”の除去方法について、他では聞けない多くのアドバイスをくれた。即行できるものではないが、参考になる事この上なく、実にありがたい。
…と思った矢先、ゲーム音楽の仕事が急転回、やる事がどばっと増える。
とりあえず仕事してる方が気が紛れるから助かるのだった。

 

―2000 8/22、柔らかい近況

別に原因が取り除けた訳ではないが、“冷静な精神錯乱”は小康状態。
鏡を見ると、2〜3本だった白髪が、4〜5本になっている。
日々新たに、手遅れの事柄が増えていく。
行なった、という罪、行なわなかった、という罪。
楽しんだ、という罪、苦しんだ、という罪。
時間とは、これほどまでに、なし崩し的に過ぎゆくものだったろうか。

―2000 8/16、柔らかい近況

軽〜い精神錯乱状態が続いている。
幾つかの原因は判っているし、原因の出所もほぼ特定できる。
ただその原因が、取り除けない。
しかし不思議なもので、錯乱したら錯乱したなりに、ほぼ普通に生活出来ている。仕事も出来てるし、錯乱した自分の精神を自分で「あ〜あ、こわれちゃった。」と冷静に観察できてもいる。なんとも奇妙な状態だ。
墓参り。
墓前で手を合わせたあと、現在の錯乱した精神状態、その取り除けない原因について、ブツブツと墓前に報告。
喋っているうちに、自分の背後をどんどん人が取り巻いて来る気配がある。
人だかりというか、ギャラリーというか、見物人に囲まれているような気配。
自分が語った内容が死者に関心をもってもらえる内容とはあまり思えないのだが、
私の語った内容に、死者達にとっても重要な何かが含まれていたのかも知れない。

―2000 7/25、柔らかい近況

「私」であり、同時に「私ではない」ものであるもの。
最も困難なものが、最も苦痛なものとは限らない。
最も難しいものが、最も複雑、とも限らない。
つまり、
未来の断片。

―2000 7/25、硬い近況

蝉丸ライブ「祖型」は、終了致しました。

―2000 6/28、柔らかい近況

シンセを始めて20余年、先日ついにサンプラーを買った
「今まで持ってなかったのか!?」と呆れられるかと思ったら、
「サンプラー買った!?」「舟沢がサンプラーを買うなんて‥‥これも時代の流れかねぇ‥‥」
という驚かれ方をした。
しかし当人としては、たとえば“ベルの音をDATに録る→アナログテープレコーダーにダビング→回転を変えて再生”といった事や、“PCMでなければ作れない打楽器音を出す”という従来の方法を簡便かつ充実させる為に買ったので、いきなりドラムループ中心の音楽をやり出すわけではない。
しかし買ってみると、これが簡便どころかひどく使いづらい。親しいミュージシャンが「波形がROMである事のありがたみ」と言っていたが、使ってみると良く分かる。(つまり、買ったサンプラーが特に使いづらいわけではなく、サンプラーそのものが抱える問題なのだ。)
まだしばらく慣れるのに時間がかかるだろう‥‥

―2000 6/7、柔らかい近況

半年程前から、私の周りの時間の流れが異常に速くなったというか、思いがけない事や滅多にない事がものすごい勢いで起きつつある。
今年の冒頭はゲーム音楽がここ数年なかった位多忙だったし、5月にやった舞踏公演もここ数年なかったテンションでやった。それが終わった2日後に蝉丸さんから7月の話が来た。諸事情により公私にわたり機材の変化も激しく(私は滅多に機材を変えないのだが)、一体何冊取説を読んだのか、あと何冊読めばいいのか見当もつかない。ストライプも閉まるし、一々書かないが生活環境の変化も著しい。
ふと気付くと、環境〜いや、外界の自然に関して、ほとんど何も感じなくなっている
窓の外の風景、風に揺れる遠い枝、忙しそうな鳥、雲の動き、唐突に影を落とす日射し‥こういったものに、なにも感じないのだ。
自分の内面に何が起きているのか判らない。
日々の雑多な印象があまりに多いので、生命的な印象---人間にとって非常に重要でありながら、無くてもすぐには死なない印象---を、無意識が閉鎖しているのだろうか?

―2000 5/30、柔らかい近況

今、ストライプハウス美術館で、かなり物凄い写真展をやっている。
この美術館の帰結に相応しい、いやそれどころか、美術館の空間にとってもそこで働く人々にとっても、そこに出入りする私のような人間にとっても、運命的ですらあるその展示を見ながら、
今さらながらに、この12年間、私(舟沢)にとっても、どれほどこの場所が重要であったかを思い、
言葉を失い、しばらく呆然と立ち尽くす。
感傷的になっている訳ではない。ただ、あの場所、あの空間、あの『場』の意味、私個人にとってはもちろんの事、もっとずっと巨大な、芸術そのものというか、途方もない何かにとっての途方もなく深くて大きい意味に思い至り、愕然としているのだ。
そんな時でも、いつものように学芸員のAさんは麦茶とか出してくれるし、館長さんは「あら久しぶりー」とニコニコしていて、いつもと変わらない。
ただ、呆然とする私を見て、具合が悪いのか、と心配をかけてしまった。
ちがいます、さっきからこの展示をみて、この展示を受けた“空間”を見て、この空間の“意味”が、ここが存在する“意味”が、自分の記憶や自分の思考を経由して、私の中に流れ込んで来たんです‥‥
とは言えなかった。今やっとここで言葉にしている。
これでもあの時に流れ込んできた“理解”の100分の1も言えてないだろうし、これからも当分はこれ以上の言葉は出てこないだろう。
‥‥要するに、まぁ、そういう場所だった、ということです。

―2000 5/23、柔らかい近況

例えば、仕事上の問題かなにかで、言いたい意見などが100あったとする。
その100のうち、「これはいくらなんでも言っといた方が良いいだろう、いや、言わなければならない。」というような事が、
10あったとする。
で、その10のうち、2か3くらい言った時点で、
「ああもぅ、そこまでおっしゃるならこの話はなかった事に。」
と、クビになっちゃう事だってありうるし、
言えば言う程、その状況がさらに深刻になって行く事だってあり得るし、
ほんとうに酷い事だって起こりうる。
何をどの程度言えばいいのか、それをどう言えばいいのか、
あるいは言わないままもがいていた方がまだましなのか、
いつも、全然判らない。
言うべき事は、言うべきなのだろうか?
それなら、それをどこまで、どんな風に言えばいいのだろうか?
普通に考えたら、そんなものに答えはない。
しかし、そのつど答えを出そうとあがいていまう。
そうやってあがいていく事こそが、正しい道のような気もするし、
それすら間違っているような気もするのだ。

―2000 5/23、硬い近況

呂師公演「かわず」は、終了致しました。

―2000 5/9、柔らかい近況

実にいろんな事のあった2〜3週間だったが、とりあえず呂師公演の音楽は完成。よほどの事がない限り、(例えばギリギリになって「やっぱりここんところ作り直してくれ」とか呂師から電話があったりしない限り、)変更は無い。私の手は離れた。やれることは全部やった。あとは、会場の音響システムと、音効さんと、会場に来て下さるお客さんと、呂師次第。
呂師をはじめ、聴いた人は一様に「これCD化しろ」と言ってくれるので、ちょっとうれしい。が、従来作の在庫が減らないと置き場所が無い(;-_-;;)。ゆえに、これをそのままサントラCD化する計画は今の所無い。

30分の呂師公演の為に手持ちのDATを全部使い果たしてしまった(ずいぶんとそぎ落としたもんだ)。で、秋葉原に買いに行く。行ってみるとK社のDATが無い。S社の“プロ用”DATをまとめ買いする。会計の時におっさんに「K社のDATってもう無くなったんですか?」と訊ねると、「とっくのむかしだねぇっ」と言われる。相変わらずフ◯◯ンのおっさんは口が悪い。12年位買ってるのにまだ顔を覚えてくれないし。プロユースDATを個人に売ってくれる手ごろな店があればいいのだが。

機械的な部分で一番苦労したのはSync。SPDIFと違って、Word Syncはただ差しときゃいいってもんじゃない事を思い知る。おまけに、Word Syncって合ってなくても音がまるっきりダメになる訳じゃない所が却ってタチが悪い。合ってない時はもっときっぱりダメな音になってくれた方がむしろ楽な位だ。SPDIFのDATをデジタルミキサーに入れて、それをADATオプチカルでHDRに送って、それをADATオプチカルでデジタルミキサーに返して‥‥って、書いてても頭が変になりそうだ。もぅ。

―2000 4/11、柔らかい近況

あまりに生活が多岐にわたり煩雑な為、印象の消化不良が続いている。
削れる印象は削ろうと考えているが、どれが不要な印象であるかを判断する時間もなかなか作れない。心配事やら不安やら、めずらしくポジティブな諸々やら、一々書いてられない大量の表象と、どんどん迫られる大量の判断。
考えなければならない事や決断しなければならない事が、過去2〜3年よりも最近2〜3ヶ月の方が多い様な気すらしてくる。

―2000 4/5、柔らかい近況

多忙というより、日々がひどく煩雑だ。
一種の印象過多
あまりに煩雑で、あまりに印象が過多なので、
生活事項がいくつか抜け落ちてしまう。
削る事ができる印象は、必要とあらば削った方が良いのだ。

―2000 3/21、柔らかい近況

日々ハードディスク・レコーダー及びデジタルミキサーと格闘中。
デジタルミキサーの方はまだいいが、ハードディスクレコーダーの方がどうにも使いづらい。というか、HDRに慣れていないので煩悶している。
何故みんながみんな使っているミキサー一体型のRoladのやつを買わなかったのか、あれにしておけば使ってる人も多いから不具合も少ないだろうし、判らなくなっても誰かに質問できるし…と思ったりもするが、ADATにバックアップを取りたかったし、従来のADATシステムと共存させたかったので、某社の某デジタルミキサーと某ハードディスクレコーダーのセットを選んだのだ。ムービングフェーダーもついてるし。
でも、まさか原因不明で電源を消しただけでハードディスク内の音データが全部消えたりするなんて思っていなかったのだ。
この格闘、当分は続きそうな気がする…

―2000 3/14、柔らかい近況


.......柄にもなく書籍の紹介。
「体と意識をつなぐ四つの臓器」
W.ホルツアッペル著(石井秀治他 訳) 耕文舎/イザラ書房 刊。
久々に、本っっ気で驚いた。最初っから最後まで、口半開きで読んだ。

―2000 3/8、柔らかい近況

■数年に1度あるかないかのゲーム音楽多忙が終了し、「このテンションで5月の舞台の音楽作成に突入しようか」と思っていたら、心身の疲労〜消耗は想像を遥かに超えていた様で、食べる気力すらなく、数日間ほとんど廃人のように過ごす。かなり回復してからふと気付くと、1ヶ月程続いていた微熱と下痢がとまっている。風邪だったのか、ストレスだったのか、判らない。
次のゲーム仕事の為に、Macを「速いの」に替えてもらう。OSもあがる。うまく動かない。色々な人に世話になるが、結局愛用のソフトの大半が使用不能となる。ついでに不注意でこのホームページのアップ用データも全部消してしまう。バックアップを取っておいて良かった。
それにしても環境が変わるのはいつもつらい。新しいハード、新しいソフト、新しい不具合、新しいバグ、新しいストレス。私はゲーム音楽以外の音楽活動を、シーケンサーも含めて全て単体機で作っているが、これは機械に苦しめられずに機械にのめり込んで音楽を作る必要があるからだが、もちろんゲーム音楽ではそんな手法は通用しない。‥…まあ、つらいつらいと言っても、この仕事を失う事よりは700億倍くらいマシなのだが。

―2000 2/22、柔らかい近況

数年に1度あるかないかのゲーム音楽多忙+腰痛+膝痛+微熱+下痢+その他もろもろ=更新滞り気味。

―2000 1/19、柔らかい近況

以前、やたら当たる占い師に、2000〜2001の間について、
「仕事をやめようかと思うほどの挫折を味わい、そして助けるものは何もない」
と言われたことがある。
とりあえず、まだ「仕事をやめよう」とは思っていないが、「助けるもの」が物凄い勢いで減り始めている
その占い師は「2002の後半辺りから人生上向きになる」みたいな事を言っていたので、まあ通過儀礼みたいなものだろう…と思うことにしている。(それも耐えられればの話だが。)
‥‥‥今年もちびちびがんばります.....。
ちなみに、今後2〜3カ月位、ゲーム音楽が数年に一度の追い込み修羅で、多少更新が滞るかも知れませんがご容赦ください。
尚、5月に都内で舞台の音楽をやるかもしれまん。詳細後日。

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