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たとえば、BPM=いくつ、と表記されていたり、
西洋音楽用語で「ちょっと速め」とか「ゆったりと」とか書いてあって、
♪♪♪‥とか音符が並んでいたら、ある程度判るといえば判る話です。が、ある音を仮に×とします。
外的なガイドが全くない状態で、× ×
と音が二つあったとしたら、
その音を鳴らすためには、自分の内面から、
その音を鳴らすための時間を汲み出さなければならなくなります。
この、生命から汲み出された、いわば“内的な時間”を、
私は多用します。とある映画に、
「牢の中で男が壁に頭をぶつけて自殺する時に“今だ!”と叫んだ。」
「‥美しい。」
というやりとりがありましたが、
そういった、外的状況に左右もされないし計測も出来ない“今だ!”という時間で音楽を作る事が、私はかなり多いほうだと思います。この内的時間、生命的時間を音にするとき、
パソコンに音を並べてやろうとしても、なかなかうまくいきません。
手で鳴らせるように、機械なり鍵盤なりと自分の体を何ヶ月もかけて徹底的に繋げていった方が、結局は早いし正確だ、という事もしばしばあります。かつてこのホームページに、自分の音楽を「非身体的な音楽」みたいに書いたことがありましたが、
以上のような意味においては、私は体をめちゃめちゃ酷使します。
いくらやっても、体は鍛えられる事も慣れる事もなく、
むしろどんどん衰弱していきますし、
もしかしたら晩年には内的時間を汲み出せなくなっているのかもしれませんが、
とにかく私は、通常言われているのとは違う意味で、
「体」を使って音楽を作っている事が多いのです。通常の意味での「体」を使うのは、私はとても苦手なほうで、
いつも苦しんでいます。腰痛もひどいですし、すぐ腱鞘炎になりますし。
ですが、「内的時間を汲み出すために体を使っている」というのは確かなようです。
ただ、体のどこを使っているのかは、自分でもうまく言えません。
(もしかしたら内蔵のどこかを使っているのかもしれません。)ちなみにギリシャ神話では、上記のような意味での「外的時間」を「クロノス」、
上記のような意味での「内的時間」を「カイロス」と呼ぶのだそうです。無論、「クロノス」と「カイロス」は、無関係なものではありません。
クロノス的な音楽にもカイロスは必ずありますし、
カイロス的な音楽にも必ずクロノスがあります。知人のミュージシャンにクロノス的なテンポに非常に鋭い感覚を備えた人がいて、
その人がこんな事を言っていたのを憶えています。「MIDIでいつものように曲を作ったんだけど、
どうしてもテンポが遅くなって行くように聞こえる。
機械の問題かと思ったけど、その曲だけ、そのMIDIファイルだけが、
だんだん遅くなっていくように聞こえるので、明らかに曲調のせいで遅くなって聞こえている。
仕方ないので、一定のテンポで聞こえるように、丁寧にテンポ情報をMIDIに入れて行った。
BPM140で始めて、曲の終わりでBPM140.255とかだった。」
これは、クロノスを極めようとしても、そこにはカイロスが混入するという一つの例かもしれません。
又、カイロスを極めようとしても、そこには必ずクロノスが混入するはずですが、
いい例が思いつきません。
ただ、「カイロスをクロノスに強引にでも翻訳する」必要は、しばしば生じます。
ある音とある音を順番に鳴らしたいが、
その“間”をコンピューターに入れなければならない、
あるいは舞台なら他人に“秒数”で伝えなければならない、
そういう状況が仕事ではよくあるものです。
そういう時には、私はよくストップウォッチを使います。
ある音が鳴り終わる‥‥ココ!というタイミングで次の音が鳴り出す。
その秒数(つまりクロノスに翻訳したカイロス)を計るのです。
ストップウォッチを片手に何十回も「ココ!」とやっていると、
だいたい0.1秒以下の誤差までつめられるものです。
それを人に伝えたり、機械に入力したりします。
ですが、その秒数はたいていの場合“スタートポイント”に過ぎません。
作品全体の流れ(=作品全体のカイロス)の中で通してみた時、
それはやはり伸び縮みしていきます。
なかなか「一発OK」とはいかないものです。
難しいものです‥