「夜の彼岸」ライナーノート:長編

〜前置き〜

以下の文章は、「夜の彼岸」のライナーノートとして書かれ、
実際のライナーノートに載せる際に削り込む前の文章です。
したがって、作品の敷衍
(ふえん)ともいえますし、蛇足ともいえる文章ですので、
作品をご覧になる方/お聴きになる方の自由を阻害する恐れがございます。
万一、ご自身の作品解釈の邪魔と感じましたら読むのを中止なさって下さい。

〜本文〜

―この混迷する時代に、音楽家が撮った映像作品集などという、少なくとも一見混迷しているものをお買い上げいただき、誠に有難うございます。

まずはじめに、劇団や舞踏団各位がロビーで販売しているほぼ全てのDVDと同様に、このDVDもメディアにDVD−Rを使用しています。バルク品(=安物)は使っておりませんが、それでも通常のDVDより汚れや紫外線に弱くなっておりますので、お取り扱い、保管場所には何卒ご注意下さい。又、バックアップをなさる方は、第三者が目にする可能性のない場所にするなど、著作権法に触れることのないようご注意下さい。

―ことの発端は単純でありました。ある人から唐突に「あなたはなぜビデオを撮らないのか?」と訊かれたこと。そして普段持ち歩いているカメラに「動画モード」があることに気づいたこと。舟沢は映画学校の出身であり、僅かな期間ながらテレビ局を職場としていた時期もあるため、映画、動画制作を「過酷且つ一人では全く不可能な作業」と体で憶えたまま封印していたのだけれど、その封印が二十余年ぶりに開いてしまったこと。

このDVD制作のかなり後半に差し掛かってから、自分がこれを、いわば“突如現れた支流”として作っているのではなく、いままでやってきた“本流”の延長上に作っているのだということ、
すなわち、事実/現実はどうであれ、真実の次元では、これは舟沢のニューアルバムであり、それがたまたまDVDという形態で顕現したのだ、ということに気づいたのでありました。
―4つの作品が収録されています。

「あの河」
楽曲はアルバム「明け前双つ」所収。オーディオ装置とビデオ装置のスピーカーの違いを鑑み、音はリマスタリングしてあります。(つまり音質は変えましが、必ずしもCDよりも良くしたというわけではありません。)楽曲制作時に脳裏にあった“河”にできる限り近付くよう、ひたすら努めた次第でございます。

「夜動く」
楽曲はアルバム「or Butoh Vol,1」所収。この曲もリマスタリングし、映像向けに編集も加えています。
この作品には若干の経緯がございます。
まず、舞踏の世界で、舞踏家としてよりはむしろ舞台美術/舞台監督として有名な呂師(ろし)という人物がおります。彼はある日、自分が踊りたいと思い立ち、音楽を友人である舟沢に依頼しました。その監修は、舞踏としては異例なほど厳しいものでありましたが、それにも関わらず、舟沢が楽曲製作中にありありと思い描いていた踊りと呂師氏の踊りは、実際にはかなり違うものとなりました。
今回、“舟沢が思い描いていた舞踏”を踊っていただくにあたり、点滅(てんめつ:元赤色彗星館)という方に依頼をし、呂師氏に事情を話しました。怒られるかと思っていたのですが、氏は「わかった。」と言うと、てきぱきと撮影スタジオを予約し、照明を用意し、スタッフとして撮影を支えてくれました。
この作品の完成にあたり、呂師氏と点滅氏に心より感謝の意を表します。

「聖域にて」
これは音楽が先に出来上がったわけではありませんので、4つの中では最も映像作品らしい映像かもしれません。舟沢が幼少時に繰り返し見た悪夢、二十代に神秘学を集中して学んでいた頃に見た神秘夢、それにいくつかの思考、思想を織り込んだものです。
この場所に何ヶ月か通って撮影していたら、ある日、崩壊した社に椿が供えられておりました。夢の中にも、思考、思想の中にも“花”は存在しなかったのですが、自分でも理由が判らぬまま、この作品はその日の映像を中心に編集されていきました。編集をしながら、「自分はどうやら、自分が思い描いていること、知っていること以上の何かを行っているらしい。自分のイマジネーション/インスピレーションには、上部構造があるらしい」と気付き、慄然たる思いを抱いたものです。
(ちなみに、幼少時の悪夢というのは、拙作「」に微細に混入しているものと同じものでございます。)

「禅堂」(ファイナル・テイク/ボーナストラック)
元々はこの場所の存在自体が面白くて軽い気持ちで撮り始めたのですが、いざワンショットで撮る、工夫をしない、映像編集をしないとなると、やれ今日は自然光がいまいちだ、やれ持ち帰ってよく見たらカメラ移動が速すぎる箇所があるから撮り直しだ、という風に、結局完成までに半年ほどもかかってしまいました。(撮影を始めて一ヶ月ほど経った頃のショットをインターネットで公開していますので、映像内を流れる時間の質の違いを比べていただくのも一興かもしれません。)||Youtube|myspace||
音声トラックは主に撮影日の一週間前の同時刻のものを使用し、他にもある極寒の日に一日だけドアが軋んで音を立てたことがあり、その音を挿入するなど、いくばくかの編集が施されております。この場所の撮影を快諾して下さった、禅僧、大内清玄氏に感謝の意を表します。

この作品に関わってくださった全ての皆様に、感謝の意を表するものでございます。

(--詩--)

2009 暮春 舟沢虫雄
Copyright (C) 2009 Mushio FUNAZAWA
2009/6/19 Upload

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